北海道での青春

紀行文を載せる予定

生活を支えるもの・その3(衣)

 ★ 憧れの羽毛シュラフ

 冬山での「衣」生活は、ファッション性よりも機能性、保温性が中心になる。
 趣味でヒマラヤ登山隊などの払い下げ中古品を買いあさる人がいて、いろいろと珍しい品物を見せてもらったことがある。例えば、登山靴であるが、インナーブーツといって、テントの中で履く革製の靴がある。この靴の外に本格的な登山靴を履く。ただ、温かいのは事実だが、歩く時には重いので、実用的ではなかった。
 私は、寝ている時に、寒さから目を覚ますことのない温かな寝具と、テントで足先が冷たくならない装備が欲しいと、常々思っていた。活動中は、かなり粗末な服装でも、不自由はなかった。
 実際、薄着だった。上半身は、ラクダの長袖シャツの上に、タートルネックのセーターとヤッケを着るだけなので、3枚である。下半身は、パンツとラクダのももひきの上に、ナイロン製のぶかぶかのオーバーズボンをはいているだけなので、こちらも3枚である。敢えてスボンをはかないのは、ももひきとズボンが擦れて、スキーでのラッセルの時に足が上がりにくいからである。
 かなり吹雪かれた時でも、手や顔、頭も、それぞれ手袋とミトンの二重装備、目出し帽で完璧に守られていた。また、足も、活動中は、薄い靴下と厚い靴下を重ね履きし、登山靴の外側をスパッツを兼ねたオーバーシューズが保護してくれているので、寒いと感じることは、ほとんどなかった。

 ところが、登山靴を脱いだテント内の生活では、とにかく足が冷たい。そして、夜の恐怖が待っていた。もちろん、寝る時には、非常用ヤッケやセーターなどの、持っている全部の衣類を着込むのだが、足先、それも足の指が弱点になる。さらに、寝てからは背中もぞくぞくしてきて、何度も目覚めては、体を丸める。「背骨が腹側とは逆に大きく曲がり、背中が内側になるように体を丸められないかなあ」などと、馬鹿なことも真剣に思った。

 そこで、何んとか温かく過ごせる方法はないかと考え、いろいろ試してみた。
 今なら、シュラフの中に、ホッカイロ(商品名)のような簡易発熱装置を入れておけば、助かると思うが、当時は市販されていなかった。
 お金があれば、「羽毛シュラフ」という手がある。これは、二重、三重の意味で、羨ましい限りだった。羽毛シュラフは、水鳥の胸毛が入っているので、布地を数回引っ張ると、弾力のある羽毛が膨らみ、厚い空気層ができる。この空気層が体を包んでくれるので、温かい。一方、パッキング(荷造り)をする時は、少し圧力を加えると、恐ろしく小さくなるし、軽さも抜群である。
 あまりに恵まれてい過ぎる。温かければ、その分重くて大きいのであればまだ許せるが、まったくその逆で、軽くて小さくなるからである。まさに、色男が、金も力も備えているようなものである。
 パーティーの中に、稀に一人ぐらい高価な羽毛シュラフを持っている人がいて、悔しいから、煙草の火を近づけて嫌がらせをしたものである。羽毛シュラフは、布地に穴が開くと、羽毛が出てきてしまう。だが、今回は、その相手が、IさんとTさんなので、冗談もできない。

 

                *  *  *

 

 私が、「羽毛シュラフの素晴らしい機能」だと気づいたことは、人のかいた汗(水分)が、シュラフの中に残らないで、静かに蒸発してしまうことだった。これは、私の涙ぐましい工夫と努力の実践報告を聞いてもらえれば、良くわかると思う。
 ビニロン製の「シュラフカバー」というものがあった。
 軽いので、真夏の山行では、寝袋(シュラフ)を持たないで、これで代用したこともある。また、丈夫な素材で、カバーというくらいだから、シュラフの外側を覆う装置で、これを使うとシュラフも汚れないし、だいぶ温かい。私も、4シーズン用シュラフを使ってはいたが、厳冬期の寒さは、これくらいでは防げない。もっと工夫が必要なのだ。
 次に試してみたのは、「レスキューシート」と呼ばれる薄い金属製の断熱膜である。これは、畳むとテッシュペーパー袋ほどの小型・軽量になるので、非常用には便利である。山小屋近くで、ビバークの練習をしたことがあるが、命を守る効果はありそうだが、やはり寒い。普段の山行で使うには、もう一歩である。

 その次に試してみたのは、薄い「発砲スチロール製のシート」である。
 私たちは、普通、シュラフシュラフカバーの下に、エアーマットを敷いたが、これは、地面がでこぼこしている場所では有効で、しかも、空気を抜くと小さくなるという利点があった。もちろん、雪山でも、空気層の厚さ分だけ底冷えから離れるので、断熱効果はあるはずである。ただ、大きさが不十分で、お尻から背中の部分は確保してくれるが、足までは届かなかった。そこで、発砲スチロール製の薄いシートで、シュラフカバーごと、特に足の部分を重点的に覆ってみた。この効果は抜群で、ぬくぬくとして朝までぐっすりと眠れた。
 ところが、翌朝は、シュラフが濡れてしまい、使い物にならなかった。理由はきわめて単純だ。自分が温かかった分だけ出た汗の水分(水蒸気)が、シュラフからシュラフカバーを経て、発砲スチロールの断熱部に触れた瞬間、結露現象が起きて水滴に変わっていたからである。
 だから、一晩は快適に過ごせても、次の晩は、濡れてしまったシュラフのせいで、逆に寒くて震えていることになる。運良く、翌日が停滞日となってくれたお陰で、焚き火をして濡れたシュラフを乾かすことができた。
 そこで、結露する水分を吸収する方法を工夫した。発砲スチロールとシュラフカバーの間に、新聞紙を入れることにした。これは、かなりな効果があった。しかし、新聞紙は重いので、そんなに多量には持っていけないし、乾かさないと再利用はできなかった。
 つまり、結論は、いかに羽毛シュラフがすぐれているかということだ。
 しかし、羽毛シュラフといえども、レスキューシートや発砲スチロール製シートなどで覆ってしまうと、同じ結露現象が起きる。だから、羽毛シュラフでも、無限な温かさが確保されているわけではなく、そこそこの寒さは我慢しなければならなかった。

 

               *  *  *

 

 近代的な登山では、特に積雪期の冬山は、やはり合理的な野営方法と、科学的な装備によって、安全性を高めたり、快適性や保温性を確保したりする必要があると思う。
 私は、「いつか羽毛シュラフを」と念じつつ、とうとう買えなかった。(今は安いので、驚いている。)しかし、高価ではないテントシューズと称する少し羽毛の入ったソックスカバーを買うことができた。これで、数段は、テントでの生活を向上させることができた。それでも、長い冬山の山行から帰った後、畳の上を歩くと、こんにゃくの上を歩いているような感触がした。軽度の凍傷にかかっていた。

 その意味で、登山装備も十分整っていなかった江戸幕末期に、旧暦三月とは言え、まだ雪の残る沢や原始原の雪原を、松浦武四郎らの一行が越えていったのは、さそやご苦労なことだったと思う。そして、少なくとも私なりの経験からすると、稲藁やその他の植物繊維から作ったであろう「雪靴や蓑などの性能」は、かなり良かったのではないかと思うことしきりである。それとも、彼らは我慢強かったのだろうか。さらに想像をたくましくすれば、氷河期を生き抜いてきた人類は、偉大だと思った。

 

 【忙中閑話】  藁(わら)の保温効果;新米教員として赴任したY中学校で、スキーのコンバインド(ジャンプ競技と距離競技)の顧問となった。ノルデックスキーを購入して自分でも滑ったが、さすがにジャンプはできない。台の下で見ていることになる。足が冷たくて仕方がない。そこで、冬のボーナスで、月面宇宙飛行士が履くような防寒靴を買った。これは、温かくて快適だった。

 ところが、近隣中学校のN先生は、黒いゴム長靴だけでいる。寒くないのかと尋ねると、中に藁が入れてあり、トウガラシも入っていた。子どもの頃から、そうしてきたと言うが、薄い紳士用の靴下一枚だけで、私と同じように立っていた。少し痩せがまんをしている風にも見えたが、保温効果はあるのだろうか。
 そう言えば、私の祖父母は冬になると「藁布団」を作っていた。

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雪国の藁靴

 【編集後記】 生活を支えるものとして、「衣・食・住」を、山の生活を通して、その重要さを再認識した思いを述べてきた。しかし、もうひとつ、この3つにも劣らないほど、重要なものがあることに気づいた。次回は、それについて述べようと思う。