北海道での青春

紀行文を載せる予定

如月の句(寒の入りから立春へ)

令和3年2月(如月)の俳句

 

① 日の出待つ 朝餉(あさげ)におろす 寒大根

② コロナ禍に 産土(うぶすな)ごとの 鬼やらひ

③ 春立ちぬ 巡る時空に 我も生く 

④ 早春の 枝間に懸かる 上り月

 

 例年2月下旬に、公民館主催の「区民の集い」という作品展示発表会があるのだが、中止となった。コロナ禍の第3波、非常事態宣言の発令を前に、令和2年の暮れに、開催中止のお知らせが回覧板で回ってきた。

 俳画を添えた作品で参加していたので、少し救われた思いもあるが、1月に続いて、2月も定例句会が中止となるかもしれないと思うと、残念である。

 そこで、待ち遠しい春を詠んでみようと思い、寒の入りから、少しずつ気温も日差しも増えていき、節分を経た立春を迎える自分自身の心境を俳句にしてみようと考えた。

 

 【俳句-①】は、朝飯に「大根おろし」を擦りながら、遅い日の出を待っていた小寒の頃を振り返り、懐かしんだものである。
 私は早起きで、午前7時~7時15分が、朝食を食べ始める時刻である。もっとも、時間が正確なのは、母の朝食時間に私が合わせているからである。

 私の理想とする健全な朝のパターンは、5時起床、ストレッチ体操、血糖値・血圧・体重の測定、5時半から朝食作りで約1時間、母の購読している信濃毎日新聞を読んで、必要箇所を切り抜く。(付箋を貼っておいて、後でもらう事もある。)

 それから、渡り廊下で棟続きの建物に住む母の所へ、新聞と朝飯を持って行き、NHK・BSの国際ニュースを見ながら、一緒に食べる。この時刻が、ちょうど7時だと、最高の孝行息子ということになる。

 元旦・初日の出は7時10分頃、一番遅くなるのは、小寒の頃の7時13分頃である。それから、少しずつ早まり、7時前後となるのは、大寒が過ぎた頃で、立春で6時台に突入し、2月7日の朝は、午前6時55分であった。

 我が家の日の出時刻は、群馬県との境界山稜のせいで、海面補正値より遅れるが、それでも、佐久盆地の西に位置する高台にあるので、佐久市民の中では、一番早く朝日の恩恵に浴している方だと思う。また、夜明けが遅い季節であっても、冬型の気圧配置となって、寒さや季節風が強まれば強まった分だけ、紺碧の空が広がる冬晴れの佐久平である。だから、朝日を浴びて、朝食をいただける幸せには、ひとえに感謝である。

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八ヶ岳・夏沢峠付近からの日の出


 【俳句-②】は、コロナ禍で、例えば善光寺の「豆まき」も自粛して、本堂で僧侶だけの儀式をしたとのTVニュースを見て、狭い地域や家庭での節分を迎えたのではないかと、詠んでみた。
 『恵比寿、大黒、豆参り』と、神棚に枡に入れた大豆を捧げた後、『鬼は外、福は内』と、結構、真剣な大声を張り上げて、豆まきをした。
 【写真】の年度は、孫がいたので、鬼のお面も用意したが、今年は、老夫婦だけの節分だった。ちなみに、食べるのは落花生豆でした。 

 ところで、今では12月31日が大晦日、1月1日が元旦で、新年の始まりとなっているが、その昔は、立春が新年の始まりだったと言う。そのため、立春の前日である節分が、大晦日だった訳だ。だから、1年を締めくくる節分は、その年の中でもとくに重要な日となる。来たる新年に向け、「厄や災難をお祓いする」行事が行われたのだろう。これが豆まきの由来になったと言われている。

 今でも中国や韓国では、「春節」と言って旧暦で正月を祝っている。日本でも、クリスマスを日本の行事に取り入れたぐらいなので、旧暦の正月も残しておいてくれてもいいのにと思う。

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節分の豆まきの後で


 【俳句-③】は、前述の「春節」の発想に立つと、一年が巡り、新たな自分の年の始まりを迎えたことに感慨を覚えたことを詠んだ。
 太陽の周囲を自転しながら公転する軌道を、地球が一周してくると、「立春」を迎える。
 今年の立春は、これらの軌道を修正する影響で、2月2日が節分、2月3日が立春となった。明治30年以来、124年ぶりのことであると言う。(ちなみに、昭和59年の立春が2月5日という変則もあった。)

 ところで、軌道計算をして、地球と太陽の位置を基準値に合わせれば、暦の上では、一年が巡って来たことになるが、「時空」の世界では、一瞬たりとも同じものはなく、増してや、元に戻ったという状態はまったく無い。
 たとえ、地球と太陽の相対的位置関係が戻ったとしても、肝心な太陽系自体も、銀河系の中で位置を変えている。更に、無限大の宇宙の中で、銀河系も動いている。同じ場所、同じ時間は、二度とあり得ない。
 そんな時空の中に、自分がいる。昨年より一歳年をとり、知らず死へと一歩ずつ近づいていくだろう自分がいる。生かされていて、ありがたいと思う。でも、自分は、「生きようとして、生きていたい」と思う。

 尚、「連歌」というものがあるが、試みに、「節分と立春」という意味で、俳句の連作というつもりで創作してみた。

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雪の日の朝(唐沢林道)


 【俳句-④】は、散歩の折、見上げた梅や桜の枝の向こうの青空に白く浮かび上がる、上弦の月が爽やかに見えた様を詠んだ。
 花と言えば桜、月と言えば秋の季語というのが、俳句の世界での決まりだが、月はどの季節に眺めても趣深いと思う。
 また、どの大きさ(三日月~満月~二十六日月など)の月も、その時々の状況や心情を反映して、様々な感動が生まれ、味わい深い。
 ここに詠んだ青空に浮かぶ白い月もいい。

 気圧配置の関係で、季節が一ヶ月以上も進んだ春本番の暖かさを運び、心身共に陽気になっている。見上げる冬芽も膨らんで、指で突ついてみたくなる。
 青空に白く孔を空けたような月は、これから一日ずつ太って満月へと成長していく上弦の月である。伸びゆくものの、爽やかさと明るい将来性に期待してしまう。

 【写真】の小さく見える白い点が、南天に懸かる上弦の半月より少し前の月である。となると、撮影した時刻は、午後3~4時頃か。

 

 

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梅の冬芽の向こうに白い月が懸かる

【編集後記】

 4月という月は、新入生や新入社員、新天地に赴任した等の人に限らず、普通に生活している私たちにとっても、大きな節目となります。

 「シイタケの種駒(菌)を、ホダ木に打つ」作業を、3月中に完了しようというのが、懸案事項でしたが、尾垂(おたる)の山へクヌギの木を取りに行き、3月30日と31日の2日で、500個の駒打ちをなんとか終えました。

 気を良くして、4月1日から、春ぶち(耕作)にも精を出して、農作業のスタートを切りました。ずいぶん暖かな日が続くので、ジャガイモの種芋も畑に伏せました。

 そして、今日は、曇り空で、午後から雨降りというので、次の懸案事項のひとつである『令和2年度の俳句のまとめ』に取りかかりました。

 それで、「はてなブログ」では、令和3年の1月以来となりますが、まず2月の俳句を載せました。(おとんとろ)