北海道での青春

紀行文を載せる予定

佐久の地質調査物語-110

     《武道沢~柳沢~大沼沢》

 地学委員会では、平成11年度に柳沢本流(1999 6/12)、武道沢下流部(1999 9/11)、武道沢中流部(1999 10/9)と、既に調査を終えていて、私も六川源一委員長から概要を聞いていました。

 私が興味を覚えた「コングロ・ダイク」は、砕屑岩脈(clastic dike)と表記してあるようで、数多く見かけたとのことです。

 しかし、直接自分の目で見てみないと、なかなか正確なイメージは思い描けません。
それで、武道沢(平成14年)と、柳沢(平成13年)に、単独で実地調査に入ることにしました。

 

6.武道沢の調査から

 

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武道沢と柳沢(下流部のみ)のルートマップ

 

 武道橋(昭和43年建設)に車を置いて沢に入りました。
 暗灰色粗粒砂岩(20~45cm)と、数cmの黒色頁岩の砂優勢の砂泥互層が見られ、走向・傾斜は、N50°W・30°SWでした。砂岩層の風化部分は、黄土色~褐色を帯びていて、多少、凝灰質だと思われます。(【図-①】)
 わずかに上流と西側の崖も、粗粒砂岩が優勢な黒色頁岩との砂泥互層で、走向・傾斜も同様な傾向でしたが、標高832m付近(【図-②】)では、N50°E・20°NWとなり、傾斜が北落ちに変わりました。

 標高850m付近に、粗粒砂岩(厚さ30cm)と黒色頁岩(5~10cm)の砂優勢の砂泥互層の滑滝があり、N50°W・20~25°SWと、再び南落ちに戻っています。
 西からの沢状地形、標高858m付近(【図-③】)から、黒色泥岩ないし頁岩が主体となり、それまでの互層と岩相が変わります。ちなみに、N40°W・20°SW、および、N70°W・20~25°Sの、ふたつのデーターを得ました。このすぐ上流の黒色頁岩層からMacoma sp. が見つかりました。

 標高865~872mの間には、水平距離で15~20m間隔で、小さな滑滝が4箇所続きます。(【小滝群】)黒色頁岩が主体ですが、堅い中粒~粗粒砂岩、一部珪質細粒砂岩が挟まり、これらが造瀑層となっていました。

 標高875m付近(【図-④】)では、堅い砂岩層を挟む黒色頁岩との互層が、三段の小滝となっていました。その上流(標高880m)には、黒色頁岩層だけの連続露頭が、約30m続きます。

 そして、標高890~910m(二股)付近(【図-⑤】)では、様々な形態と産状のコングロ・ダイクを見つけました。
 ただ、この日は秋も深まった11月16日(土)の単独調査であったので、全体はスケッチをするぐらいで、詳しくは調べられませんでした。

 

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【写真】旧20番露頭の一部

 

 写真はかつて「20番露頭」と呼んでいた小滝の上、左岸側(図のC)のコングロ・ダイク露頭の一部です。覆われていたカラマツの落ち葉を払って写したものです。(2002 11/16)

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武道沢の標高890~910m付近のルートマップ

 

 図【武道沢890~910mASL付近】は、2006年7月1日の調査後に、作成したものです。久しぶりに歩測をしての調査でした。(西方偏角の補正はしてありません。)
 「コングロ・ダイクの成因」の項で、詳しくは後述しますが、コングロ・ダイクの産状に注目すると、周囲の黒色頁岩など正常に堆積した地層に対して、非調和的なもの(A・B)タイプと、比較的調和的なもの(C)タイプの2類型があります。
 

           *  *  *  *

 

 ここでは、「地質調査物語」の目的のひとつでもあるので、コングロ・ダイクの特徴について、基礎データーや観察記録を紹介します。

 

 注意「図の見方」;沢(実線)に沿った赤色の「×または形」はコングロ・ダイクの  産地を示し、アルファベットの小文字(a)に、5倍拡大の大文字(A)の図が対応しています。以下、(b)に(B)いう対応関係です。

 スケッチ図は、できるだけ方位や大きさを忠実に反映させようとしましたが、なにぶん手作業なので、正確ではないかもしれません。

 

 A(a):周囲の黒色頁岩層(N60°E・5~10°SE)に対して、コングロ・ダイクは、幅45~50cm×長さ2mで、N20°W・垂直と、直角に近い角度で貫入しています。礫種は、(ア)石英安山岩(全体は灰白色・石英・長石・黄鉄鉱を含む)の角礫と円礫、(イ)凝灰質細粒砂岩(最大2×8cm)、(ウ)黒色頁岩の角礫と円礫(最大5×10cm)、(エ)暗灰色中粒砂岩です。量的には(ウ)が一番多く、(ア)と(イ)は、この武道沢だけの特徴でした。

 B(b):黒色頁岩層の中に、長さ4.5mで、上流側(20cm)~下流側(40cm)と幅が変化するコングロ・ダイクです。N60~70°W・85°SW~垂直に見えました。礫種は、Aの産状と同じです。

 C(c):上流側に中粒砂岩層(厚さ25cmほど見えている)があり、中央部は同質の砂岩があり、この周囲を礫岩層が取り巻くような形態となっている。(中央の砂岩部分は内部まであるのかどうかは、わからない。)東西幅2m×南北幅4mの板状に見え、北側1m分は棒状となる。周囲は黒色頁岩層で、中粒砂岩層との境で、走向・傾斜は、EW・10°Sと、緩い南落ちである。礫種は、Aと基本的に同様である。

 C'(cの南側):東西幅20cm(上流側)~60cm(下流側)×南北幅m(図には無し)。台形のような形状のコングロ・ダイクで、全体が黒色頁岩や中粒砂岩の礫で構成されている。フラット・タイプである。

 D(d):川底露頭で、東側と西側に2m離れて並んでいる。東側は、延びN30°W、幅15cm(上流側)~35cm(下流側)×長さ1.5mである。西側は、幅15cm(上流側)~30cm(中央部)~20cm(下流側)と変化する。長さは3.5m。
 形態は小規模コングロ・ダイクであるが、境目がシャープでないタイプである。

 E(e);黒色頁岩層でできている滑滝の途中、右岸側にある。長さ3mで、20cm(上流側)~50cm(下流側)と幅を変えている。延びの方向はN20°W。周囲の頁岩層は、N40°E・10°SEなので、60°ほど、ずれている。

 F(f):幅10cm×1mで、上流側が折れ曲がっている。全体の延びは、N20°Wである。
 8mほどの滑滝で、コングロ・ダイク(E)が、滝の上まで出ていないので、落差は3mと推定した。                  (写真を参照)

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黒色頁岩の滝

 G(g):幅15cm×長さ1mで、緩いSの字のように見える。

 

 H(h):枝別れしてY字となっている。長さは2.5mほどであり、主軸と思われる方がN40°W方向に、枝分かれした方がN30°W方向に延びている。礫種は、最初に確認したA露頭の特徴と同じで、黒色頁岩との境は、比較的シャープである。

 I(i):東西幅2m×南北幅2.5mほどの板状(フラット・タイプ)である。周囲の黒色頁岩層と同質の泥相が、礫や砂に囲まれている。砂の部分は表面が灰白色になっていて、原因は不明。(玢岩による熱変質で、粗粒砂岩がこんな変色となる例がある。)
 礫層(ア)は、幅4~8cm×長さ50cm、N70°Wに延びる。礫層(イ)は、幅10~12cm×長さ1m、N80°Wに延びている。コングロ・ダイクで、礫だけでなく、砂や泥も一緒に構成されているのは珍しいタイプです。

 J(j);東西幅1.5m×南北幅3mほどで、アフリカ大陸のような形状をしているが、西側の一部は不明である。主軸の延びは、N50°Wである。

 上流側に、幅10cm×長さ50cm、延びN40°Wの小規模コングロ・ダイクが附属している。

 

 そして、ほぼ標高910mで、西側からの沢の合流点(二股)を確認した。少し上流の黒色頁岩層で、走向・傾斜は、ほぼEW・20°Sと、緩い南落ちであった。この付近は、砂泥互層が少なく、黒色頁岩層からなるが、比較的、走向・傾斜は安定していました。
 標高920mの二股で、玢岩の熱変質を受けた灰白色泥岩層を確認して、調査を終えました。晴れた日でしたが、さすがに11月中旬の夕陽はすぐに落ちていきました。

 

【編集後記】

  コングロ・ダイクは、大規模なもの、小規模なものも含めて、周囲の黒色頁岩層の緩やかな傾斜に対して、それを切るようなものが多く見られました。それが、武道沢では、特に、詳しく紹介した標高890~910mでは、比較的、層理面と調和的なものが観察されました。別名、フラット・タイプと呼んでいます。

 ところで、今日は、少々多忙な一日でした。「はてなブログ」に文章と写真を載せた所で中断し、その後、懸案の「倉沢薬師堂・奉燈俳句の俳額」を掲げました。既に、墨書と俳画は完成していましたが、4月下旬にはしようと決めたままでした。

 朝、本間会長から電話がありました。『今日は、非常に良く晴れてはいるが、西北西の風が、時折激しく吹くので、ハウスのビニール張りができないので、やりますか?』と。私が『それなら、用意しておきます』と返事をして、俳額を外し、張り替えて設置することになりました。一番大変な作業は、昨年の和紙をきれいに剥がすことでした。これに約1時間要しました。墨書と俳画の貼り付けは、順調に進み、何とか午前中に額の奉納することができました。

 午後は、貼り付けの為に、「糊」を多量に作ったので、そのまま捨てるわけにもいかず、家中の障子を点検して、破れたり、古くなっている所を見つけて、障子補強をすることになりました。・・・そして、それらが済んで、【編集後記】ができたので、ブログの「公開する」をクリックします。(おとんとろ)