北海道での青春

紀行文を載せる予定

令和3年文月の句(蛍袋の異名三題)

 【文月の句】

 ① 寄り添いて 万葉語る 風鈴草
 ② 雨上がり 提灯花の 薄暮かな
 ③ 母語るとっかん花咲く遠き夏 《蛍袋の異名三題》 

 

 7月の句会は「暑気払い」を兼ねて少し遠出をし、「吟行」の真似ごとをしてみるのが恒例だったが、コロナ禍が続くので、もうしばらく我慢をして地域公民館で、マスクを付けて開催することとなった。
 今月のテーマは、「蛍袋(ホタルブクロ)」に決めた。我が家の「向山」と呼ぶ畑の土手に蛍袋が咲いている。花株の時期や大きさによって、花がひとつから、見た限りで5つまで、バリエーションがあった。それで、蛍袋は、様々な呼び名があることを知っていたので、花の印象を「異名三題」としてみることにした。

 

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寄り添う蛍袋の花(2花)

 【俳句-①】は、一株に蛍袋の花が2つ付いている印象を詠んだものである。
寄り添う2つの花が、あたかも恋人同士に見えてくる。万葉歌人を真似て、恋文や恋歌を交換しているようである。そんなイメージには、「風鈴草(ふうりんそう)」の異名が、似合うと思った。
 ただ、現代の若者なら、隣り合っていても、携帯電話でメール交換をしているかもしれない。ましてや、恋文という雰囲気ではなく、省略系の短文なのかもしれない。しかし、万葉を語るように感じた爺さんもいたとしておこう。

            *   *   *

 ところで、恥ずかしい秘密ではないが、のろけ話を聞いて、笑って欲しい。
 高校生の頃、ある女性と交際していて、時折、野外でデートをしたことがあったが、校内では、手紙の交換をしていた。鍵は付いていないが、各自専用の蓋付きの下足置き場があって、互いに、小瓶に挿した野草や手紙を入れて置いた。それも、日替わりぐらいの頻度となることもあった。

 さすがに、和歌や短歌を交わしたわけではないが、文書を通じて心の交換をするという雰囲気に、双方が似たような趣味だったのかもしれない。高校卒業後は、進路も違って、離ればなれとなった。

 就職後何年かして、お見合いをして、私が結婚することになる女性が現れた。一年ほどの交際を経て、結婚した今の妻である。

 ある時、『結婚しませんか?』という意味を込めた私なりの恋愛和歌を作って妻となる人に送った。私は、高校時代の彼女のように、返歌があるものと期待していたら、何んと電話が掛かってきた。まったく意味不明だったようだ。
 そんな妻との結婚生活も、来春で40年目を迎える。

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一番下に5つ目の花が付いている

 【俳句―②】は、一株にいくつもの蛍袋の花が付いている印象を詠んだものである。私が、土手で観察した限りでは、5つ目の花を付けたのが最大数であったが、株が大きく成長すれば、もっと多くなるのかもしれない。

 蛍袋の花が、ひとつだけだったら、寺院の鐘楼に吊されている釣り鐘(梵鐘)のようで、『釣鐘草(ツリガネソウ)』が似合う。
 スズランやアマドコロのように、花が小さいと、鈴やベルのイメージだが、蛍袋の花の数が多くなると、『提灯草(ちょうちんぐさ・そう)』かなと思う。

 それで、庭先に咲いていたら、雨上がりの夕暮れ時に、実際に観察したかもしれないが、少し離れた墓地に隣接する畑の土手に咲いているので、出かけて見た訳ではない。
 しかも、名前の「蛍」のように、発光している訳でもないので、辺りが薄暗くなった薄暮には、寧ろくすんでいるだろう。

 それで、想像を逞しくすれば、梅雨の雨が上がった東南東の空に十三日月が見えて、月明かりが微かにあって、それが、あたかも提灯のように見えているのではないか。・・・そんな創作である。
 ちなみに、月齢は11~12日でも良いが、満月(15日)では困る。

 

 

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佐久地方の俗称「とっかん花」


【俳句―③】は、花好きの母に蛍袋を一株手折って持って行ったら、佐久地方での別名「とっかん花」だと懐かしんだので、それを詠んでみた。
 「とっかん花(ばな)」が果たして季語となるかどうか自信はないが、蛍袋のことなので、いいかなと思うが、やはり季語は公式なものだろうと考え、夏を入れた。

 例えば、植物分類で同じ「科(Family)」となる桔梗(キキョウ)の蕾(つぼみ)を、私が子供の頃、指先でつぶして遊んだものだが、今では、可愛そうだし、もったいなくてする気にもならない。

 母たちも子供の頃、袋の下から息を吹き込んで、「とっかんさせる(割る)」のだろうと思ったら、そうではないらしい。

 蛍袋の花を野山から採ってきたら、丁寧に萼(がく)ごと切って、紫蘇の葉の入った梅漬けの汁に良く浸して、全体を柔らかくするのだそうだ。割れたり、切れたりしないようにする。

 そして、遊びでは、穴の開いている方から息を吹き込んだり、吸い込んだりして楽しんだらしい。私たちの知る感覚では、「風船ガム」という粘性の強いガムで、舌先から息を吹き込んで風船を作った時の、楽しみ方に似ている。
 膨らませる過程で、割れてしまうこともあったので、「とっかん花」と言うのかなと想像する。

 遊んだのは、次第に戦争へと進んで行く時代の、小学校低学年の頃だという。皆で遠くまで蛍袋を求めて捜しに行ったり、少し街場の子で手に入らない子には、分けてあげたりした。授業の業間休みには、「とっかん花」で遊んだり、持参した他の遊び道具で、仲間遊びをしたようで、先生から、不要物だと没収されることもなかったそうだ。

 実際、野山の草花を口に含んで楽しむのを、止めさせる理由もなかっただろう。

 

               *  *  *

 

 ふと、20年以上も前になるが、台湾で「檳榔(ビンロウ)

Areca catechu」を噛んで、それを道路に吐きだした真っ赤な跡を見て、汚いなあと感じたことを思い出した。(公衆衛生上、さすがに、今は禁止されていると思うが・・)

 今年の7月で満93歳を迎える母が、「とっかん花」との遠い日の思い出話を、夢中になって語ってくれた。それを孫たちにも伝えたいと思いました。

 

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実生からの蛍袋

 

  【編集後記】

  今月(7月)の「みゆき会」の俳句会は、7月14日(水)に予定されているので、今日(7/9)「はてなブログ」に載せている俳句は、まだ未発表の段階である。

だから、「編集後記」ではないかもしれない。しかし、今朝の信濃毎日新聞(朝刊)の文化面を読んだ後なので、少々、「未来」を進んでいることで、うきうきしている。

 いきものがたり・水野良樹の そして歌を書きながら 『今も未来を食えているか』 と題する文章に共感したからである。

  「起・承・転・結」のある文章の最後(結)の部分を見れば、内容がわかると思うので、転記します。(信毎も含めて、著作権の問題は、宜しく!)

・・・・10代の頃は無知ゆえの根拠のない自信もあってこの先には面白い日々があるはずだと信じることができた。言うならば未来を食って生きてきた。今の自分はこの先に思いをはせ、未来を食うことができているだろうか。自分は、今日ではなく明日のために時間を使うことができているだろうか。

 それはもしかすると精神が若くあるために最も重要な心がけなのかもしれない。今そう思って手を動かしている。 ・・・・・

 共感しました。なぜなら、私の「はてなブログ」の内容は、多くは、何年か前に既に書かれた文章や研究・調査内容を載せ、唯一、【編集後記】とする部分にだけ、少し新しい内容を書き足しているからです。それが、今日の内容は、全てが未来の発表前の内容で構成されていることに、嬉しくなりました。

        *   *   *

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ハナアブ

 ところで、蛍袋の別名「釣鐘草」も使って俳句ができればと頭を捻りましたが、思い浮かびません。しかし、我が家の畑の土手から、南西方向に少し行ったカラマツ林の近くに、ホタルブクロの群生地を見つけ、写真撮影中に「グッド・アイディア」が浮かびました。

 【下の写真】の蛍袋の花群(右上)の一番下の花に、ハナアブが写っています。

「釣鐘(梵鐘)」のような蛍袋の花の中に入り込み、しばらくしてから出てきた瞬間をとらえました。この時、Mさんとの面白いやりとりを思い出し、俳句の代わりに紹介しようと思いました。

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下向きの蛍袋の花の中から、虫が出てきた

 私は、子供の頃、『安珍清姫(あんちん・きよひめ)』の話を読んで、疑問に思っていたことがありました。

 奥州白河の若い僧侶が、熊野神社に参拝に来た折り、宿を借りた家の娘に惚れられてしまいます。僧があまりに美男子であったからです。しかし、思いを寄せた僧(安珍)に裏切られた少女(清姫)は、激怒のあまり大蛇に変身します。恐れをなした安珍は、清姫から逃げて、紀州道成寺へと駆け込み、梵鐘の中に隠れました。しかし、梵鐘に大蛇は巻き付いて、安珍を殺してしまった・・・というような伝説話でした。

 梵鐘は、下が開いているのに、隠れるなんて変だと思っていた。下から覗かれれば、発見されるし、鐘の中で手足で踏ん張っていないと、下に落ちてしまうではないかと。ところが、話を良く吟味すると、なぜか、釣り鐘は鐘楼から外されて、その中に入ったらしい。こうなると、シェルターなので合点がいく。しかし、重い釣り鐘をうまく外して、その中に入ることは、至難の技だと思うが・・・。

 大人になってからの疑問は、梵鐘の中に入ったら、どんな感じだろうか。特に、鐘を突いた時、中ではどんな音がするのだろうか? と想像した。

 『やってみよう!』と行動をする前に、予想した。私は、これでも理科系の科学者の端くれである。【音が聞こえるのは、物体が振動し、その揺れが空気を変形させ、粗密波(縦波)となって、鼓膜に届き、神経繊維が大脳へ伝えて、感知するからである。】

 要は、空気がどう振動するかを予想すれば良い。

 私の出した結論は、外で鐘の音を聞く時より、寧ろ、小さな音で聞こえるのではないか、場合によっては、こもった低い音程になるかもしれないである。そして、薬師堂の鐘楼に掛かっている梵鐘で試してみた。

 すると、ほぼ予想通りであった。音は空気振動だから、鐘楼の中の空気は、下が開いてはいても、限られた量しかない状態に近く、水の流れに例えれば、淀んでいる。しかも、例えば鐘の中心部では、常に反対方向からの粗密波がぶつかり合っているので、振動は弱められるはずである。

 そんな実験をした日から、何十年の歳月が流れただろうか。

 平成27年春、私は年齢順に回ってきた地区の役員となり、M区長さんらと、区有林の点検作業や神社仏閣の整備作業、それに行事や祭りの仕切などをした。その準備作業の折り、薬師堂の鐘楼へMさんらと登った。そして、私が、少し茶目っ気を出して、『安珍清姫安珍さんは、梵鐘の中に隠れたと言うが、外で鐘を突いたら、どんな音に聞こえると思いますか?』と、疑問を投げかけてみた。すると、Mさんは、『おもしろいな』と、実行に移すことになった。

 鐘の中に、すっぽりと入り、私が外から鐘を突いた。しばらくして、中から出てきて、『頭が割れるような音がするかと思ったが、案外、大きな音がしないものなんだ』と驚いたようであった。他の若手の方にも、体験を勧めたが、断ったところをみると、M氏は、好奇心に溢れた行動派なんだと思った。

 私は、何度も薬師堂の梵鐘を突く機会があるが、その後、Mさんのように試してみたことは無い。Mさんには、伝えなくて申し訳なかったと思うが、釣り鐘の鉄製金具が錆びてきているし、強く打つと激しく揺れて、鐘楼全体が、震度1~2ぐらいの感触で揺れる体験をしたことがあるからだ。

 大きな音を出す為に、強く鐘を突く時は、梵鐘の振動の様子を観察していて、突く棒に鐘が向かってくる時に、打ち付ける。その反対に、遠ざかる時に打つと、横揺れ振動は増幅され、釣ってある金属部分が軋み、しかも、揺れの振動が建物に伝わり、少々の恐怖感を味わうことになるからだ。

 ★最後に、今日も雨の1日で、とりとめもなく、「はてなブログ」の内容が、増えたようだ。

『瑠璃色の 五輪待つ空 燕交ふ』(令和2年度)

『夏空に 届け薬師の 鐘聖し』(令和3年度)

 2年続けて、東京五輪パラリンピック大会の成功を祈願した、薬師堂鐘楼に掲げた奉燈俳句であったが、大会競技のかなりな会場では、無観客で競技が実施されることが発表された。元々、私はテレビでしか観戦しないものの、とても残念でならない。

 しかし、日本が、ここまで真剣に対策を講じ、さらに国民一人一人が、冷静かつ誠実に、大会運営に理解ある言動ができれば、新型コロナ・ウイルス感染拡大の状況下で、国民として、民族として、それなりの成果を上げられると思います。(おとんとろ)