北海道での青春

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佐久の地質調査物語・第207回

1 志賀川流域の地質

 

(1)八重久保断層は確認できた

 私たちは調査に先立ち、『地球科学45巻3号(1991)』の地質図付きの論文を読みました。正式には、『関東山地北西部の第三系(その1)長野県東部香坂川~内山川流域、特に駒込帯の地質と、その地質学的意義について(1991年・5月)【小坂共栄(ともよし)・鷹野智由(ともよし)・北爪牧(おさむ))】という内容です。
 志賀川本流と、その支流の八重久保川の調査を通して、論文でいう『八重久保断層』の通過位置を確認できました。

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  志賀川流域に分布する駒込層と八重久保層は、化石を含む層準や特徴的な岩相で比べると違いは明らかですが、全体的には凝灰質砂岩層や砂泥互層、凝灰岩層を含んでいて、岩相を手がかりにして区別することはできません。しかし、大局的な地質構造の違いから、ふたつの地層が区分できそうです。
 それは、駒込層の走向・傾斜が「N60°W・30~40°SW」と、南落ち傾斜であるのに対して、八重久保層は「N60°WないしEW・20°NE~N」と、緩い北傾斜だからです。これに着目すると、東側は志賀川の「無名橋」付近と、西側は八重久保川・標高838m湾曲部付近を結ぶ直線が、境目になります。肝腎な両地点間は表土で覆われ、露頭は見られませんが、ほぼ東西方向へ断層が連なっていると思われます。詳細については後述しますが、これが「八重久保断層」で、八重久保層(北側)と駒込層(南側)は、断層で接しています。
(【志賀川-八重久保川付近のルートマップ】図を参照)

 志賀川本流・標高895mの無名橋付近の地層は、断層による影響なのか、周囲が乱れていて、推定断層の正確な通過位置を決めるのは難しいです。
 露頭の様子は、以下のようでした。
(ア)無名橋の下流40m(標高892m):

凝灰質灰色細粒砂岩と黒色泥岩の互層の上に、風化すると黄土色となるのが特徴 的な凝灰質粗粒砂岩層が載っています。全体はN30°E・20°NWと北落ち です。

(イ)無名橋(標高895m付近)の前後:

○橋の直下~少し下流:礫岩層(八重久保川標高870m「林道入口橋」の礫岩に似るが、礫の直径が小さい。安山岩礫が少ない。)
○橋の少し上流:礫岩層と灰色シルト岩層。地層の境では無く、シルト岩層の傾向からN60°W・10~20°N。

(ウ)無名橋の上流10m:

凝灰質粗粒砂岩層と灰色シルト岩層。境で、N60°E・20°Nと北傾斜、走向が東に振る。

(エ)川の湾曲部(標高905m)付近:

川底は緑色凝灰岩層の滑滝ができている。右岸側には、幅25m以上の緑色凝灰岩の崖露頭。N80°E・20°Nと、北傾斜で、さらに東振りとなる。

 

駒込層地質柱状図

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 これより上流の志賀川での緑色凝灰岩露頭との関連から見ると、(エ)は、北傾斜と岩相の特徴から八重久保層に属すると解釈して、間違いないと考えられます。
 一方、(ア)露頭は厳密には北西傾斜だが、北落ち傾向から八重久保層となるところだが、それより下流側からの凝灰質の砂泥互層・粗粒砂岩の岩相への変化は、下流側から駒込層が続いてきていると見る方が自然です。いくぶんの北西傾斜は、断層の形成過程などによる影響で乱れていると解釈した方が良いだろうと考えました。
 
 そこで、(イ)無名橋の前後と・(ウ)上流10m露頭をどちらに分類するかで、断層の通過地点が決まることになります。
 2012年(平成24年)の段階では、礫岩層の特徴(八重久保層の礫岩に似ているが、礫種と分級に違いもある)ことと、走向が西振りと東振りの違いから、(イ)と(ウ)の間、すなわち、無名橋の少し上流に「八重久保断層」が通過していると解釈しました。
 しかし、原稿を修正した2017年(平成29年)時点では、無名橋付近の「シルト岩の岩相を分けることの不自然さ」、「(ア)露頭から礫岩層までを岩相の漸移ではなく、礫岩層は八重久保層と解釈した方が良いこと」という見直しから、断層通過地点の修正をしました。(イ)の無名橋前後は、既に、断層の北側ブロックに属していると解釈する方が自然だと考えました。
 それで、無名橋の少し下流の礫岩層は、八重久保層に属します。つまり、八重久保断層は、無名橋の少し下流付近を通過しているのではないかと推定しました。

 また、志賀川上流部の河童淵から姥ヶ滝付近の走向・傾斜(NS走向・W落ち)は、八重久保層に属すると思われますが、それより下流側の一般的な構造と比べると極めて異質です。これらは、凧の峰・玢岩岩体の貫入が後からあった影響だと解釈しました。

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 このような解釈で、調査した範囲の志賀川に分布する駒込層の地質柱状図を作成すると、【前ページ・右図】のようになります。八重久保断層で断たれた部分が、観察できる下位となりますが、修正前の図なので、最下部の『礫岩層』は、八重久保層に属し、含まれません。下流側ほど、駒込層の上位層となります。層厚は、1250m(当初の1277mから、礫岩層付近の27m分を引いた値)と算出されました。
 ちなみに、観察範囲の更に下流側にも、緑色凝灰岩層は露出しています。
  また、駒込層全体の岩相情報や地質構造から見ると、観察した当地域の地層は、駒込層の比較的上部層と思われます。

 地質柱状図を見ると、全体は、凝灰質傾向と凝灰岩層で特徴付けられますが、下位から、
①凝灰質粗粒砂岩や砂泥互層が多く挟まる部分、

軽石(P:pumice)を含む凝灰岩層、

③典型的な凝灰岩層(緑色凝灰岩green tuff) という傾向があり、3分帯できそうです。

最上位③のタイプは、志賀川水系を越えた内山川・相立(あいだて)地域西側から中村集落にかけて見られる川底露頭と類似しています。共に、観察できる駒込層の最上位に当たる層準だと思われます。

  ちなみに、小坂共栄先生(信州大学)たちは、「八重久保断層」は西側ほど落差が大きく、最大1000mに達すると推定しています。
 八重久保断層の北側に分布する八重久保層は、走向・傾斜を見ると、観察した範囲で、東西の端がそれぞれ比較的下位層と考えられ、北側ほど新しい時代の層準となっています。これに対して、断層の南側に分布する駒込層は、西側ほど新しい時代の層準になっています。
 その両者が、八重久保断層を介して接しているから、西側ほど地層年代のずれが大きくなります。当然、落差も増大していくはずです。さらに西側に分布が予想される緑色凝灰岩層を加えていない数字で、私たちの推定した駒込層の層厚は、1250mほどなので、落差1000mという数値は矛盾しないと思いました。

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(2)研究者の間でも、問題の多い八重久保層
 
 志賀川で観察できる八重久保層の最下位の層準は、姥ヶ滝の下流で見られる黒色泥岩層(層厚43m)で、後から貫入してきた玢岩と接しています。また、八重久保沢でも、最下部の層準は断層で切られているので、さらに下位の様子は不明です。何より、八重久保沢(北側)と志賀川上流部(南側)の間は、表土で覆われて露頭が見られないので、それぞれの層準の対応関係が、データーからは正確にわかりません。
 さらに、八重久保川の中流部付近に、断層とも褶曲構造とも、その他の構造にも解釈できそうな部分があり、構造解析が難しいです。具体的には、二股から右股に入った「林道の入口橋(標高905m)」付近で、八重久保川下流側~左股沢と、上流側の地層(下図の右股)は、岩相ばかりか、走向から見ても、対応関係が認められず、繋がりません。それで、ここで分けて扱いました。右股は、香坂層なのかもしれません。
 また、八重久保層は、大局的に見ると、北への緩い単斜構造であるとした方が良さそうなので、志賀川上流部の方が、下位の層準になるだろうと考えました。それで、下図のような地質柱状図(【八重久保層地質柱状図】)を作成してみました。
 (尚、前述の平成29年の修正箇所があるので、志賀川の「八重久保断層」と緑色凝灰岩の間に、礫岩層が加わります。)

 ところで、これまでの研究者の報告について、私たちの調査から、以下のことが明らかになりました。

 笠井 章 (1934年)、および、渡部景隆(1954年)は、『八重久保層は、不整合で駒込層を覆っている』と述べましたが、論文(小坂ら)と、私たちの観察による「推定断層案」を採ると、不整合とする露頭は、観察できないことになります。
 ただ、八重久保層が、駒込層より上位の地層であることは、次の事実からも確実です。
 駒込地区最終集落に懸かる「標高870mの橋」の下から少し上流にかけて、礫入りの凝灰岩層があり、一部の礫種から駒込層から供給されたものと推定できます。

 礫の種類は、①真黒なガラス質安山岩礫(最大径15cm×13cm)、②斑晶が小さく、艶のない黒色安山岩礫(最大径5cm)、③堆積後の続成作用も加わり緑色に変質した凝灰岩礫(最大径7cm×5cm)、④灰白色凝灰岩礫(最大径5cm)の4タイプが認められました。
 この内、③と④の凝灰岩に関係した礫は、駒込層起源である可能性が極めて高く、凝灰岩層が破壊された二次堆積と考えられます。だから少なくとも、二次堆積礫ができるぐらいの地質学的間隙があった(ie,不整合)と解釈できると思います。

 ちなみに、八重久保層の下部層は、駒込層上部に属するとし、駒込層の上部層の「堆積環境の違い」であると考え、八重久保層が、駒込層を平行不整合で覆っているという見解もあるようです。《佐久市誌・自然編・昭和63年発行》
 しかし、私たちの調査から、尾根を越えた瀬早川にも八重久保層・下部層が分布することがわかりました。(後述します。)

 

八重久保層地質柱状図


 

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     【編集後記】

 

凝灰岩の渓谷、無名橋の上流二股付近の滑滝

 

河童淵を下流から望む

※こんなにきれいな風景が、台風19号により、山の木々が倒され、流木がひっかかり、見る影もないほどの姿になっています。(令和3年の夏に訪れた時のことです。)

 

ヒン岩と、やや砂質の黒色泥岩(一部頁岩)の接触部(旧道)

安山岩の板状節理 (旧道)

第一砂防ダム、対岸は緑色凝灰岩の崖

第一砂防ダムの上流は、小さな湖のようになってしまう

 他の項目では、調査した各露頭の代表的な内容を載せましたが、この項は、佐久教育のいうジャーナルに、要点のみにして載せた原稿が元ですので、その他の地点の写真を載せました。

 今日は、午後は、「前山みゆき会」なる定例の3月俳句会があります。(おとんとろ)