北海道での青春

紀行文を載せる予定

生活を支えているもの・その2(住)

 ★ 定住生活 ★

 私たちは、ワンデリング (Wanderung;さまよい歩く徒歩旅行)をしているのだから、
「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転および職業選択の自由を有する(日本国憲法・第22条第①項)」ではないが、所定の手続きをして国有林の中に入っているのだが、テントを張る場所を自由に決めることができた。

 積雪期なので、雪崩の心配がない、風を防げる所が良い。雪崩の心配の少ない尾根は、風が強いし、風を避けた沢は、雪崩の心配があるという矛盾がある。
 その点、今回の山行は、森林限界付近をトラバースしているので、あまり急でない斜面を見つければ、それでよかった。もっと安全な場所というと、森林の中という手もあるが、雪が少なくブッシュがあって、割と不便だということがわかった。それに、枝の雪が落ちてきて、テントがつぶされることもあるからだ。

 オプタテシケ山のアタックに成功した4泊目(C4)に、トノカリウシコベツ川の上流部で、テントを張った時、テント設営は大成功であった。

 まず、テント設営場所の向きと広さを決め、つぼ足で雪を踏み固める。次に、のこぎりとスコップを使って、雪のブロックを切り出し、周囲に積み上げて、暴風ブロックにしていく。雪の条件が良かったからか、形や大きさのそろったブロックを切り出すことができ、隙間無くできあがった。
 そして、掘り下げた凹地の底に、タンネやトドマツの下枝を敷き詰めた。その上に、ビニルシートとグランドシートを二重に敷いた。雪面との間に空気層を厚く作り、下からの底冷えを遮断する。さらに、テントを張った後、防風ブロックの上からもビニルシートで覆った。これで、テントを包み込む空気層を完璧に確保したわけだ。しかも、風でシートが鳴らないように、ひもで固定し、上にタンネの下枝を載せて重しにした。その結果は、どんなことになったのだろうか。

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夏用テントでも、雪壁で囲むと防風・防寒対策になる

 

 私たちの調理・暖房用燃料は、石油(灯油)であった。
 器具の性能から点火する前に固形メタノールを燃やして、余熱しなければならない不便さがあった。また、メタノールの臭いがしたり、煙が目に染みたりするディメリットもあるが、灯油のメリットを優先させた。ひとつは、ガソリンと違って爆発の危険性が小さい。もうひとつは、燃料が無くなった時、石油なら手に入る可能性が高いからだ。ただ、冬山で、燃料は水以上に貴重な上に、足りなくなるというような致命的なミスは、誰もしたことはなかった。

 ところが、燃料を担当していたSさんが、奇妙なことを言い出した。
 『ホワイトガソリンを少量、石油に混ぜてあるので、発熱量が高いはずだから、使ってみよう』と、石油用の2リットル容器ではなく、1リットルの小さな容器を出してきた。
 前の山行でも実験済みだし、自宅でも試し焚きをしてきたと言う。もし、高温になり過ぎて、調理器が壊れた場合は、どうするかという質問に対しては、予備の調理器具もあるから大丈夫という答が用意されていた。
 ちなみに、長期の山行や冬山では、予備の調理器具も必ず持参していた。また、各人がビバークなどの非常用に備え、1回ぐらいならそれで調理できる程度の固形燃料も持っている。
 だが、これには、あまり多くの指示や口だしをしないリーダーのIさんも、乗り出してきた。そして、テントの外で、予備用の調理器具を使って、もう一度試してみろと言う。
 Sさんに付き合って、私は防風壁の陰で追実験のお手伝いをした。他のメンバーも後から出てきた。

 リーダーの許可を得て、暖房用に火が焚かれた。Sさんが推奨するだけあって、確かに強力な燃焼音がする。音だけでなく、発熱量も大きい。その晩のテントの仕上がりが完璧だったこともあり、テントの中では、シャツ一枚にならなければならないほど暑かった。冬山で、これほど暑い経験をしたことはなかった。
 しかし、Sさんが予定した燃料の他に持参した特製燃料だったとはいえ、冬山で燃料は大切に使わなくてはならない。一応、温まったところで、消した。しばらく余熱は残ったが、ぐんぐん冷えてきた。
 翌朝、朝食時に気温を測定してみると、テントの比較的上の方で、+18℃を記録した。テントの外は、-10℃と、この時期とすれば寒さの緩んだ朝ではあったが、28℃も違うというのは驚異的であった。

 こんなに素晴らしくできたテント設営地とも、一晩で別れなければならない。定住生活とテント生活の違いについて、改めて大きな差があることを思い、一晩で去りゆくことの寂しさを感じた。

 

 【編集後記】 冬山では、「ウィンパーテント」と言って、二重のテント布を丈夫な骨組みで支える専用テントもある。また、『暑寒別岳』のシリーズで紹介した「雪洞」を掘って数日のベースキャンプにする方法もある。装備が充実した分だけ、背負っていく重量も増す。どんな場所なのか(難易度)、パーティの人数がどの程度か(隊の規模)、どのくらいの期間なのか(宿泊数)によっても違ってくるだろう。

 タンネやトドマツなどの枝葉を鉈で切って使う時は、自然環境破壊であるので、心を痛めたが、恩恵にはいつも感謝していた。