北海道での青春

紀行文を載せる予定

佐久の地質調査物語-145

南部域の沢

 

3-(2) 腰越沢の調査から

腰越沢の入口は国道299号線に面していて、すぐに礫岩層が見られます。礫種は、白色~黒色チャートが主体で、花崗岩や、黒色頁岩の直径2~3cmの円礫です。入口から40m入った粗粒砂岩層の泥岩との挟みで、N65°W・20°Nの走向・傾斜でした。
 沢の標高960m付近では、下位から、(ア)灰色中粒砂岩層(1.5m)・砂質の黒色頁岩層(0.5m)・礫岩層(4.0m)【図-拡大】、(イ)明灰色細粒砂岩と黒色頁岩の互層N52°W・78°NE、(ウ)明灰色細粒砂岩層(小滝を形成)の層序でした。
 右岸からの小さな沢との合流点、標高970mでは、(エ)珪質の細粒砂岩層があり、黒色頁岩との挟みで、N60°W・80°Nでした。
合流点から上流では、(オ)黒色頁岩層N55°W・63°S、(カ)露頭幅5mの礫岩層、(キ)灰色中粒砂岩と黒色頁岩の砂泥互層N50°W・60°NEと続きます。
 これらの走向・傾斜を地質構造に反映させると、小さな向斜構造と背斜構造が考えられます。そして、(イ)と(ウ)の間に小断層が推定できました。右岸からの小さな沢付近の崖崩れ箇所とも関係ありそうです。
  
 沢の標高985m付近から(ク)硬い黒色頁岩層が出始め、沢の流路が急変します。ここに小滝が形成されています。上部瀬林層と下部瀬林層の境を、この(ク)地点としました。
  小滝上流は(ケ)黒色頁岩と珪質の細粒砂岩の互層が続きました。標高1010m付近の互層では、N60°W・50°Sの走向・傾斜でした。その上流から標高1040m付近にかけて、(コ)珪質の明灰色細粒砂岩層が続きます。途中、同質の砂岩層から成る小滝(落差4m)も含め、下部瀬林層に特徴的な砂岩層だと思われます。

 そして、(サ)暗灰色中粒砂岩層(N60°W・70°N)までが、下部瀬林層の分布域と考えました。走向・傾斜を地質構造に反映すると、小さな向斜・背斜構造が考えられます。【図の断面図を参照】
                                      *  *  *

 大礫(最大直径50cm)を含む内山層の基底礫岩層は、標高1050mの三股の少し下流、標高1040m付近から現れます。白亜系(下部瀬林層)との関係は、不整合関係です。
 沢の二股や三股などの地形は、地下の地質の様子を良く反映している場合があります。平成8年当時の三股は標高1050m付近にあって、内山層と白亜系との境は1045mの少し下流の河床でした。標高で5mの差がありました。(cf第4沢でも、差があり、地層の境は、水平幅で8m下流にありました。)
  内山層の基底礫岩層の上流では、明灰色中粒砂岩層(左岸からの小さな沢の合流、標高1070m付近)が見られ、その上位に黒色頁岩層が熱変成により粘板岩化された層準に変わりました。
 大野沢支流・第4沢では、基底礫岩層からすぐに黒色頁岩層に、岩相が急変したので、層序変化は多少違いますが、内山層の調査から、地域により両方のパターンが認められたので、堆積環境を反映したものと思われます。

 この上流部は、N20~30°W・20~25°Eと、安定した走向・傾斜で、黒色頁岩層の単斜構造が続きました。レンズ状に礫岩層が挟まったり、凝灰質中粒砂岩層の挟みもありました。
 沢の上流部、標高1180m付近では、貝化石を多産する層準がありました。二枚貝が主ですが、巻貝も認められます。沢の標高1190m付近で沢水は伏流してしまい、調査を終了しました。

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腰越沢のルートマップと地質断面図

 

 腰越沢の内山層は単斜構造ですが、内山層の中には、いくつかの褶曲構造があります。褶曲構造の軸方向は、南北性の断層によって切られ、しかも移動しているものもありますが、概観すると、基本的には、白亜系の褶曲構造軸と共に、現在の方向で東西性を示しています。しかし、白亜系の褶曲構造は、褶曲面が南に大きく傾いた横臥構造をしている場合もあるので、褶曲構造が形成された時期は、少なくとも複数回あり、二段階以上の形成過程があったのではないかと考えています。
 図の解釈では、白亜系の褶曲構造が先に形成され、その後で、内山層も含む地域全体の褶曲構造が造られたという考え方を採用しています。
 【注;地質断面図】沢の入口から内山層基底礫岩までは、N60°W方向に、そこから上流部は南北方向に、地層断面を切って作成してあります。

 

【編集後記】

 前回(NO-144)で注意書きしたように、「腰越沢の調査から」は、山中地域白亜系の内容と重複しています。

 内山層は、基底礫岩層で基盤岩と不整合関係にありますが、北部域・中部域・南部域で、礫の大きさについて違いがあります。北部域では、敢えて「基底礫岩層群」゜と命名したように、粗粒砂岩が先で、その上に礫岩が載ります。中部域では、巨大な礫を含む基底礫岩が見られますが、南部域では、巨大な礫というより、ほとんど岩塊という物も含まれます。(下の写真)

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内山層の基底礫岩層

 この後の、言わば「まとめ」の章で説明しますが、内山層の堆積盆は、現在の方向で、より南側の方が、陸地すなわち、堆積物の供給地に近かったと考えられます。尚、中部域、特に、谷川の情報からは、西側からの堆積物供給も示唆されています。

 腰越沢の調査は、山中地域白亜系の調査の、しかも初期での調査域ですので、懐かしさも一入です。この地域調査の出発点となった「都沢」の調査と共に原点となるようなフィールドです。(下記のルートマップ及び地質断面図を参照!) 

 

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腰越沢~都沢のルートマップと地質断面図

 

 ところで、地質の話題と共にブログに載せている「俳句」の9月~10月の話題が、滞っています。こちらも、進めなくてはいけません。11月初旬の週休日には、佐久市文化祭が開催され、私たち「みゆき会」も作品を展示する予定です。

 私の本業のひとつである夏野菜の片付けは、ピーマンとトマト(ビニルで覆われているので11月までは大丈夫)を残して、「畑終い」の準備が整いました。きれいに燃えないと困るので、我が家の山林から、枯れ枝や材木を持ってきて、準備万端です。

 季節の移ろいは、寒暖や雲の移ろいだけでなく、具体的な「畑(田)終い」の農作業を通しても実感出来ます。「モズの高無き」が聞こえる季節になりました。(おとんとろ)