北海道での青春

紀行文を載せる予定

雪の下を流れる沢水

 十勝川の源流に当たる「シイ十勝川」は、さらにいくつかに枝分かれする。比較的、大きな支流で、地図で名前のわかっている「トノカリウシュベツ川」以外は、便宜上、上流側からA~E沢と名付けることにした。

 私たちは、アルファベットの沢を順番に越えて行った。厳冬期なので、沢は雪で埋まっている。沢の斜面から押し出すように雪が移動してきたり、吹きだまりとなったりするので、尾根よりも沢の積雪量は多い。

 沢に下りる方はいいが、登る時には、ラッセルが大変だった。先頭から二人ぐらいまでは、スキーを履いていても太ももあたりまで潜る雪をかき分けていくので、トップ交替は、二人同時に行なった。

 ところが、トノカリウシュベツ川に、沢がふたつ合流する「三股」では、行き詰まってしまった。水量が多く、所々に雪の中州があったり、スノーブリッジもできかかっていたりしたが、横から穴が見えるような状態では、とても渡れなかった。
 さっそく、A・B両グループから合同の偵察隊が出されることになった。Tさんを始め、中堅メンバーが派遣され、私たち下級生とリーダーたちは、その帰りを待っていた。

               *  *  *


 一面の静寂な世界に、液体の水が、そこにだけ流れているのは、異質だった。雪に吸い取られるような水音だが、人の存在以外では、唯一活動している。もちろん、冬をたくましく生きる動物たちの足跡はあるが、今は風も絶え、水音だけが聞こえてくる。

 

 ふと、奥手稲の山小屋番での水汲みのことを思い出していた。

 積雪期になると、あまり利用されないのが実態であったが、管理が私たちの部に委託されていたので、土曜・日曜日には山小屋番が入った。私は、何度も立候補して、その任に当たった。小屋の西の「ユートピアゲレンデ」と名付けた斜面で、新雪スキーをしたり、ストーブの火を囲んで酒を飲んだりすることが楽しみだったが、もうひとつ楽しみが増えた。
 それは、小屋の傍らを流れる「夕暮沢」の水量を観察することだった。冬の始めは、雪に埋まった沢も少し掘れば、沢の底に到達できた。しかし、小さなカップで小石を入れないように注意して、何度も水を汲んでは、バケツに集めなければならなかった。
 そして、次に山小屋に行った時は、さらに沢の水は少なくなっていた。沢は雪の吹きだまりになっていて、穴をさらに深く掘らなければならなかった。
 しかし、厳冬期のある日を境に、深くなる穴に付けた坂道は長くなるものの、少しずつ沢の水量が増えていくのである。辺りの野山は雪に覆われ、何の変化も見せていないのに、雪の下では着実に雪解けが始まっていた。雪の穴の中が、蛍光塗料のような青白い光につつまれる時期だ。水をすくう容器も、カップからどんぶりに代わる。
 そして、日差しや木々の様子から、誰の目にも春の訪れが見えてくる頃になると、水汲み場に通じるトンネルは真っ暗な炭坑のようになり、穴の底で水を汲む。その代わり、バケツで一気に半分ほども汲め、容器で汲み足すと、すぐに満杯になった。

 山小屋の屋根の雪下ろしは、苦労だが、ダイナミックで楽しい。しかし、水汲みは地味な上に、冷たい水に手を浸けるので辛い。だが、沢水の変化を観察するようになって、水汲みの仕事にも楽しみができた。

 そんなことを思い出していたら、Tさんたちが少し上流に渡れるスノーブリッジを発見して、偵察から帰ってきた。

 

   《十勝連峰東部樹林帯 山行記録》 

                    昭和50年(1975年)

  【1月8日】
 22:25 札幌駅発(夜行列車)

  【1月9日】
 2:00 富良野駅着(駅で仮眠)/6:50 発(バスで)

 7:20 布礼別着(徒歩で山に向かう)

12:20 布部川下二股(スキーで沢の標高760mまで行き、尾根に登る。)

14:00 原始原の西端(C1 )

  【1月10日】
 6:50 C1発(気温-15℃)/9:30 トウヤウスベのコル着
 9:45  (峠に相当) 発/14:00 下ホロカメットク山と境山のコル(C2 )

  【1月11日】
 6:15 下ホロカメットク山にアタック開始 気温-20℃
 8:00 ピーク発/8:30 C2(境山とのコル)に戻る
 9:40 C2発/10:50 シイ十勝川1000m着
11:20 発 (昼食と沢の偵察)

13:30 シイ十勝川C沢付近でC3

  【1月12日】
 6:45 C3 発 気温-15℃

 8:40 トノカリウシコベツ川の標高960m付近を渉る

 9:45 川の東で荷物のデポ(C4)
10:15 オプタテシケ山にアタック

13:20 オプタテシケ山に登頂/13:30 ピーク発

14:45 荷物デポ地に戻りC4

  【1月13日】
 8:30 C4 発 気温-10℃(テント内は、+18℃)
10:00 トノカリウシュベツ川の三股着(スノーブリッジにてこずる)
11:05 三股発/11:20 一の沢林道着/11:40発
14:45 ユートムラウシ温泉着C5

  【1月14日】
 7:30 C5 発 気温-14℃
10:15 カムイサンケナイ川の標高940m付近を降りる
10:35 940m付近発

12:40 森林限界の標高1320m付近でC6

  【1月15日】
 5:30 起床 雪・気温-15℃
      トムラウシ山へのアタックはやや不安と判断し、停滞日とした。
     ・午後には天気が回復し、山スキーを楽しむ C7

  【1月16日】
 6:50 C7 発  晴れ・気温-14℃
 7:15 前トムラウシ山 ・モルゲンローテのトムラウシ山が美しい
 9:00 トムラウシ山に登頂 気温-26.5℃・強風
 9:15 山頂発 ・途中までアイゼン、スキーを履いて下山
10:10 ベースキュンプ着(C7)
12:00 ベースキャンプ発 ・表層雪崩が多発
13:10 カムイサンケナイ川着/13:20発
15:10 ユートムラウシ温泉着 C8

  【1月17日】
 7:00 起床 快晴・気温-13℃  ※積雪60cm
 8:30 C8 (ユートムラウシ温泉)発 

  ・膝までのラッセル、約9kmをノンストップで 下る
12:30 営林署の飯場着 C9

   【1月18日】
 7:00 起床 気温-12℃
 8:30 C9 発

 ・少しスキーで歩いたら、林業関係者のトラックに遭遇し、麓まで乗せていただく
13:00 バス・列車で帰札(バスで清水まで、根室本線経由)

 

f:id:otontoro:20200419111516j:plain

十勝連峰東部森林地帯の山行行程

 

 【編集後記】  地域の皆さんと(私より全員高齢者ですが)月一回の俳句会があり、季節ごとの俳句を創作しています。本文に出てきた「山小屋での水汲みの思い出」が懐かしくて、俳句にしました。

f:id:otontoro:20200419114307j:plain

山小屋の水汲みを懐かしんだ俳句