北海道での青春

紀行文を載せる予定

佐久の地質調査物語(蛇紋岩帯―1)

1.蛇紋岩についての予備知識

 平成8年12月6日、北安曇郡小谷村の蒲原沢(がまはらざわ)で、土石流が発生し、砂防ダム工事をしていた多くの方が亡くなりました。ご冥福をお祈り致します。(合掌)

 普段は話題の少ない地学分野ですが、災害のたびに「津波火砕流活断層、土石流」などのキーワードが、マスメデアを通して飛び交います。土石流災害のあった小谷村は、地滑り常習地帯で、ジュラ紀の来馬(くるま)層群の中に、蛇紋岩体が広く分布しています。フォッサ・マグナ西縁の糸魚川-静岡構造線の西側に当たり、基盤岩は古い時代の地層からできていますが、崩れやすい蛇紋岩の存在が、事態を一変させてしまいました。姫川が、急峻な山並みの中を、縫うようにして日本海まで流れています。

 この蛇紋岩が、私たちの調査している佐久地域にも多量に露出しています。
 蛇紋岩(serpentinite)とは、どういう岩石なのでしょう。

 新三郎沢の調査をしていた時、川底に『蛇紋岩の礫岩がある』と大騒ぎをしたことがありました。ハンマーで叩いてもなかなか割れない硬い礫岩になっていました。結局、崖から落ちて砕けた蛇紋岩が、川底の砂礫と一緒になっていただけの現象でしたが、風化・浸食に弱いと信じていた蛇紋岩が膠着物質(セメント)となって、砂礫を固めていたことに驚きました。 

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現世の蛇紋岩礫(?)

 

 その日の調査(26.Oct.1996・平成8年)で、蛇紋岩の中から次の変質鉱物を見つけました。いずれも、同行した由井俊三先生(元北海道大学教授)が見つけて、私たちに紹介してくれたものです。

 ① ブルーサイト (brucite) ;肉眼では、短柱状の黒い結晶に見えます。
 ② 霰石(あられいし aragonite);肉眼では、暗い緑色の針状結晶に見えます。

 

 実は、この話題を挙げたのは、蛇紋岩も超塩基性岩が、蛇紋岩化作用(serpentinization)という過程を経て作られた一種の変成岩だからです。ここで、蛇紋岩を理解していく上で、火成岩と変成岩に関して少し説明します。

 地下にある高温の溶融物体であるマグマ(magma)が冷えて固まった岩石は、「火成岩」と呼ばれ、構成する鉱物の大きさや組織から、「火山岩」と「深成岩」に大別されます。これは冷えて固まる速さの違いが原因で、一般的には固結する深さとマグマの量が関係します。また、珪酸(SiO2)の割合によって、その含有量が多い順に、「酸性岩(珪長質岩)」・「中性岩」・「塩基性岩(苦鉄質岩)」と、三大別されます。珪酸の割合が、なぜ重要かと言うと、岩石を作っている造岩鉱物は、珪酸という基本的な正四面体構造に、鉄(Fe)や、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、カルシウム(Ca)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)等が結びついてできる「珪酸塩化合物の結晶」だからです。マグマが冷えて、次々と鉱物が作られていく晶出の過程(固溶体という状態)で、珪酸成分が多いか少ないかによって、作られる鉱物が異なり、その構成よって岩石の種類も決まります。

 珪酸の割合が、塩基性岩よりさらに少ないと、「超塩基性岩(超苦鉄質・ultra-mafic)」と呼ばれます。カンラン岩(peridotite)やダンカンラン岩(Dunite)などは、その例です。超塩基性岩は、地殻のさらに深部にあるマントル物質の組成に近いだろうと推測されています。
 
 岩石は、成因によって「堆積岩」・「火成岩」・「変成岩」に三分類されます。この内、変成岩は、元の岩石が地下深部で高圧・高温状態に保たれ続けると、岩石を構成していた鉱物が、物理的・化学的変化をして、別の鉱物や組織に変わってしまった岩石のことです。元の岩石や堆積物が何であったのか、どんな条件で変成されたのかということが、変成岩の種類を決めます。
 例えば、泥岩が熱によって変成されると、硯の原材料である粘板岩(ねんばんがん)になります。元の岩石が石灰岩だと大理石になります。高温条件によって変成された場合でも、元の岩石が別なものであると、それぞれ違う変成岩になります。
 また、元の岩石が泥岩の場合でも、圧力によって変成されると、頁岩(けつがん)になり、熱によって変成されると粘板岩になります。高圧と高温の両方の条件が加わると、千枚岩(せんまいがん)になります。さらに高圧・高温の条件になると、結晶片岩(けっしょうへんがん)というように、同じ素材でも、変成条件によって違う変成岩になります。

 蛇紋岩は、超塩基性岩の主要鉱物であるカンラン石やキ石に「結晶水」が加わり、比較的、低温で変成されてできた蛇紋石(serpentine)を主成分とする岩石です。

 (cf)「結晶水」については、化学用語ですので、調べてください。

 低温の条件(500℃以下)になると、鉄原子とマグネシウム原子の分子運動量が低下し、化合していた鉱物の中から互いに分離しやすくなります。鉄は、磁鉄鉱〔Fe3O4〕等として出てしまい、Mgが残ります。ここに、水〔H2O〕が加わると、造岩鉱物を構成する基本的な柱「Si-O四面体」の中にMgを取り組んで、〔Mg(Si2O5)(OH)4〕という組成の蛇紋石となります。この蛇紋石を主成分とするのが、蛇紋岩です。

 名前の由来は、滑石(talc)や炭酸塩の細かな網状脈を伴い、その暗緑色~黄緑色の模様が、想像上の海蛇(serpent)の鱗の印象に似ているからだと言われています。
 また、蛇紋岩は、緑色岩類(塩基性の火山噴出物などが変成された岩石)と共に分布し、構造帯となることが多いです。これらは、「蛇紋岩帯」と呼ばれ、さらに大きな地質構造帯である『変成帯』の一員となります。

 磁鉄鉱やクロム鉄鉱などの鉱床を伴うことが多いと言いますが、本地域でも、これらをかつて採掘した鉱山跡があります。【抜井川の中流部、鍵掛沢合流点と乙女ノ滝の中間点付近、標高1045mほどの右岸】

 

 日本列島の「変成帯」を概観すると、【図・下】のような分布をしています。
 変成条件に関わる圧力と温度という、ふたつの条件で見ると、「低圧・高温型」と「高圧・低温型」と呼ぶ、変成帯が、日本列島では、対(ペア)を成しています。
 例えば、領家変成帯(低圧・高温型)と三波川変成帯(高圧・低温型)のペア、そして、日高変成帯(低圧・高温型)と神居古潭変成帯(高圧・低温型)ペアという関係です。
 これらの対を成す変成帯は、かつて別の場所で変成作用を受け、離れていたものが、現在の位置に移動してきたのではないかと考えられています。

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日本の主な変成帯

 

2.対をなす変成帯について 

 さて、地下深部の状態を模した岩石学的な実験により、変成岩鉱物の種類や相の転移、組織の特徴などから、変成作用がどんな条件下で行なわれたか推定することができます。「高温・低圧型」、「低温・高圧型」と呼ばれる変成帯は、相対的な言い方ですが、日本列島では、これらが対を成していることに関して、プレートテクトニクスの考え方では、次のように説明しています。【下図を参照】 注意・説明の為の、模式図です。

 

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プレートテクトニクスによる変成岩形成の説明

 プレートテクトニクス(Plate techtonicus)の考えは、地殻と上部マントルの一部から成る厚さ100kmほどの ( 固体ではあるが、可塑性もある板 ) プレートが、地球表面を覆い、これらが「衝突する」・「すれ違う」・「離れる」という3つの要素で、少しずつ動いているというものです。この考え方によって、地質現象が合理的に説明できるとしています。

 太平洋中央海嶺から湧き上がった太平洋プレートが、日本列島に向けて移動していきます。日本列島を載せたユーラシアプレートとは衝突関係にありますが、密度差や、沈み込んで行くプレートに引きずられるようにして、大陸プレートの下に潜り込んでいきます。これは、日本海溝の存在や、地震波のデーター、周期的に起きる地震発生メカニズムからも示唆されます。

 付加体になれずに、プレートと共に沈み込んだ物質は、地下の高い圧力と、あまり高温でない条件下で、「高圧・低温型」の変成岩になると考えられています。
 さらに深部では、取り込んだ水が加わることで部分的に岩石が溶け、一部は、マグマとなって上昇し、火山活動の源となります。そして、部分融解した辺りでは熱の影響が大きい「低圧・高温型」変成岩になると考えられています。

 さらに大陸側に、日本海のような「島弧の縁海」があります。含水マントル物質が湧き上がるのではないかという最近の考えから、小規模のプルームを付記しました。
 つまり、沈み込むプレートの深度によって、変成作用の条件が違い、タイプの異なる変成岩が対を成しているという説明です。

 高圧・低温型と低圧・高温型のタイプの異なる変成帯が対を成すように分布している現象は、【図の下】のように、環太平洋の他の地域でも見られます。

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環太平洋を取り巻く対をなす変成帯の分布

 

 【編集後記】

 「蛇紋岩帯」というタイトルで、5回ほどにわけて、専門家の資料で調べて学んだことや、実際にフィールドで調査した内容を紹介していく予定です。

 学生の頃、変成岩の「変成相」を学んだり、偏光顕微鏡で鉱物同定をしたりするのは苦手でした。今は、そんな学習や実験・実習の機会はありませんが、なぜか、調査を進める上で、どうしても「蛇紋岩」について知りたいと思っています。

 ただし、本文での「鉄が抜けてマグネシウムが残り、水と反応して・・」と、蛇紋石が形成されるメカニズムについて、書物から引用しましたが、理解へのスタートラインに、ようやく立てたような雰囲気だけで、真意はまったく不明です。

 もっとも、蛇紋岩は美しく色彩が面白いので、山行や調査の度に、自宅に持ち帰り、庭のあちこちに飾ってあります。産地が特定の場所で、岩石としては珍しい部類ですが、身近で観察できる岩石なので親しみもわきます。